こんにちはtakeです。
今回は自分のキャリアについて書いてみたいと思います。
自分は卒業と同時に病院に運よく就職できました、本当に運がよかったなと思います。
面接のときに面接官に「5大アレルゲンを教えてください」と聞かれて「アトピー」と答えたのに受かったという運の持ち主です(笑)。
ざっくり自分が経験した診療科を上げていくと
・呼吸器内科、外科(結核、がん含む)
・整形外科
・神経内科(神経難病含む)
・小児科
・回復期
・療養型
・消化器内科・外科
・循環器内科
・内科(特定疾患も含む)
てな感じで、経験していない診療科はあと精神科ぐらい?
書き出してみると結構な数でいろいろ勉強させてもらったなと思います。
管理栄養士のつらいところは診療科が変われば勉強を最初からし直さないといけないとこですよね、お医者さんであれば専門があってその道を究めればいいのですが、そうではないのが管理栄養士、逆にいろいろ勉強できる楽しみがあるととらえた方がいいのかな。
これらの診療科で勉強した本は少しずつご紹介していきたいと思いますので参考にしていただければと思います。
20年お仕事させていただいて印象に残っているのは20代で経験してきたことかなと思います、20代で働いていたのが結核を含む呼吸器内科・外科、神経難病を含む神経内科でしょうか。
この二つの診療科には良い経験にもなりましたが、大変苦労させられました。まず結核の患者さんたちには本当に苦労しました。当時(現在も?)入院期間がすごく長い最低3ヵ月とかで結核菌を保持しているだけでその他の体は元気な人が多く、食事のクレームがすげぇ多かったのを覚えています。結核を排菌してはいけないので病棟に缶詰状態でストレスはたまる、ストレスのはけ口は食事という感じでした。よく謝罪に行かせていただきました、20代真ん中の新人栄養士が40台、50代のおっちゃんに謝罪にいくのはきつかったですね。でもその変わりといってはなんですがクレームの電話があったらとりあえず行って謝ることの大事さはこの時に学んだかなと思います。
次にあげているのが神経難病、自分がいた病院にはパーキンソン病、ALS(筋委縮性側索硬化症)、筋ジストロフィーetcの病棟が4つありました。神経難病とひとくくりにはなりますが、それぞれの疾患で病気の進行も違うし食事形態も変わる、患者さんのキャラクターも変わると神経難病の幕の内弁当みたいな病院だったなと思います。
神経難病の患者様に何が苦労したかというとやっぱり食事です、結核の患者さんとはまた違って嚥下食が必要なところですね、当時嚥下食も今みたいにメジャーじゃなく手探りの状態、調理師さんと話し合って工夫したのを覚えています。この時の調理師さんが直営の方たちでまあ職人気質、こだわり強いのなんの食材、献立内容にすごい振り回されました、でもこの時経験した調理師さんとの対応方法が今にも生きていると思います。あと栄養指導、神経難病の方でも退院されるケースもあるのでいかに嚥下食で説得力ある説明をするかというのも苦労しました。当時は加算もとれないけど糖尿、高血圧の指導よりもやったんじゃないでしょうか。嚥下障害についてもすごい勉強しました、またこれについても本・資料は紹介していきたいと思います。
自分のキャリア20代へんはこのへんでおしまいです。
次回また続きを書きたいと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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ではでは
take